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2013年03月04日 (月) | 編集 |
人並みに

思い通りにいかないことは多く

仕事や関わるコミュニティ
人間関係などで


疲れ

落ち込み

悩み

凹み


やる気がなくなることも
しばしば


でも、それでこそ人生

とも思うのです

すべてが順風満帆は
それはそれで恐ろしい
から・・・


多くの人の支えがあり

人とのつながりで

自分が生かされていることを
実感する日々


そして 

何よりも

家族の支えが
あってこそ

と思っています


妻とあおたろうが無条件に
私を受け容れてくれること


家に帰った時に

二人が満点の笑顔で迎えてくれること

あおたろうがダッシュで廊下を走って
ジャンピングして私に抱きついてくれること

(まるで「崖の下のポニョ」のポニョが
 そうすけに向かって走るシーンのように)

そして、3人でギューと抱き合うこと

それが、私にとっての
明日へのエネルギーとなっています

ラッキーです

そして、幸せなヤツですね


その喜びを伝えたいです

そして、助けを求める人の力に
なりたいのです

それが、支えてくれている人への
恩返しとしたいです
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2012年07月15日 (日) | 編集 |
母が79歳の誕生日を迎えました。

数え年で80歳
傘寿(さんじゅ)です

いつも、実家に帰り、母に食事を作らせ
ただ、プレゼントを渡すだけだったので、

兄弟3人で、料理とケーキ、飲み物は
一切用意してお祝いしました

よく考えると、いままで母の誕生日まで
甘えっぱなしで恥ずかしい(申し訳ない)限り

本当は、豪勢に旅行か懐石料理でも招待したかったのですが・・・

母も、あまり派手にすると後で体調でも崩して
しまわないか心配、っと

結局我が家でお祝いすることになりました。

でも、「赤飯は私が作る」と意気込み
自分で自分をお祝いする母なのでした(笑)

孫達に手紙のプレゼントをもらい、
記念撮影を済ませた後

母が、おもむろに言いました。

「私は3回死にかけたことがある」

その3回の内、2回は結婚前のこと


そのうちの一つは、初めて聞いた話


死にかけた、でも79年生きてきた母

あの時、死んでしまったなら

そう、私も蒼太郎も、
いまここに存在していない

 
産んでもらえたことに感謝したい

そして、母が生きた79年をもっと知りたい

得意料理(おせちや赤飯)も伝授してもらいたい


私が、ここに存在すること、考え行動することは、
目に見えないところで
未来に意味があること

そんなことを感じた一日でした。






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2010年04月03日 (土) | 編集 |
最近、日が暮れるのがだいぶ遅くなりましたね。

夕方、空を見上げていると、飛行機雲が見えます。

何百年前に、誰が空を飛べると想像したでしょう。

あの空から見た地球がどれだけ美しいかも知らずに。

そして、飛行機雲は飛行機によっては、本当に雲を作っています。


しかし、この飛行機雲、毎日見えるのです。そして何機もの飛行機が。

同じ時間に。だいたい18:00~30頃。

行き先を見るとどう見ても岩国基地の方向。

沖縄の基地問題が揺れていますが、もしこの飛行機が米軍基地へ向かっているなら
空をみて「きれいだ」とのんきに言ってられません。

調べてみないといけないです。

墜落してからでは遅いですね。

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2009年11月02日 (月) | 編集 |


実家に、もう一人の「家族」である愛犬・パピーがいます。
その当時、大流行したミニチュアダックスフンドです。

本日、12回目の誕生日を迎えました。

我が家に来ることになったのは、父がいなくなって寂しくなったからです。

母と二人でペットショップに見に行きました。
最初に見たお店では、とっても元気がなかったのですが、
次のお店で「運命の出会い」を感じたのです。

目はぱっちり、はちきれんばかりにシッポを振りまくり、
私と母の腕の中で、「僕を連れてってよ~」と言わんばかりに。

そのかわいさに負けました。

名付けは家族みんなで決めました。
信州に言っていた姉が電話で
「パピーはどう?」
「おとうさんを思い出せるように」

響きがいい!と思いました。
私たちは、父親のことをパパと呼んだ記憶は全くありませんが・・・

辞書でどういうつづりを書くのか調べたところ、
「puppy」で「子犬」という意味が判明。

この名前に決めたのは言うまでもありません。

13歳というと、もうおじいちゃん。
至って元気ですが、飼い主譲りの腰痛持ちがあり、
最近はよく食べた物を吐くようになり心配です。

30年くらい前に「サブ」という名の雑種犬を飼っていました。
4年の命でした。

焼き場でお別れするとき、はじめて父親が
泣いていたのを思い出します。
それ以来、父の涙を見たことはありません。

私は、飼う時に、自ら「かわいがる」と宣言したのに
も関わらず、自分を優先して「サブ」をかわいがらなかった
申し訳なさを感じています。

で、パピーには?

よくかわいがった時期もあれば、そうでない時期もあったような。
でも、いま、現実に生きているのですから、
彼のことを思い出し、実家に帰った時はしっかり
抱きしめてやろうと思います。

彼のおかげで、父親のことを何度思い出させたことでしょう。
改めて、パピーにも感謝です。

子ども好きな父親は、残念ながら孫の顔を見ることができませんでした。
でも、パピーはかわりに5人の孫をとってもかわいがってくれています。

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2009年07月14日 (火) | 編集 |
私ごとが続いていて、
大変申し訳ないのですが
本日は母のお話を

今日で76歳の誕生日。
この場を借りて「おめでとうございます。」

後期高齢者の母に会った人は「えーっ」

実家に電話してきた人は、姉に
「お母さんいらっしゃいますか?」

年相応に見えないらしいのです。
若々しくみられるようで、
声だけだと姉と間違えられる
くらい、かなり若い母。

姉を産んだのは、41年前で34歳
私が36歳
弟が38歳の時

その当時で高齢出産なら、もうよぼよぼの
ような気がしてならなかったのですが、
真反対なのです。

いつまでたっても心配な子どもが
いるからでしょうか?

弟の会社の会長として現役で働いて
いるからでしょうか?

今年は、四国八十八カ所巡りに挑戦。
旅行やランチ、書道、映画など
行動的だからでしょうか?

弟に四人、私に一人の孫がいて、
子どもからエネルギーを吸収して
いるからでしょうか?

「孫の成人式までがんばって生きる!」
という気持ちでしょうか?

それでも、最近、あちこち痛みがでたり
病院にかかることも多くなっているのは
心配です。

努力して人間関係を築いた父とは対象的に、
母はどこでも誰とでも友だちになる術を持っています。
スーパーで、エレベータで、旅先で・・・
母に「この方知り合い?」って聞くことがしばしば。

学生時代には、留守中に遊びに来た私や弟の
友人とすっかり友だちに。

弟の友だちが、帰りを待っている間に我が家で
風呂に入りご飯を食べていた、というエピソードもあります。

友人に「お前の母さん元気しとる?」っていまでも聞かれますし。

母はこの上なく人が好きで、聞き上手なのです。

このことを母に「昔から?」と聞いたら、
「昔はかなり人見知りしていた」との回答。

三人の子どもを、一人は乳母車で、一人は抱いて、
もう一人は歩かせ手をつなぎ、重い買い物袋を
持って歩きながら、困ったら誰にでも声をかけて
私たちを守ってくれたのでは、と想像します。

ありがとうございます。
私を産んでくれて、育ててくれて。
いつも見守り、愛してくれて。

妻や、いままでつきあった彼女には
さんざん「マザコン!!」と言われ続けてきましたが、
そう言われるのが男の人生。
嫁姑の争いは男の奪いあいのようです。

私も、76歳になった時、37歳になる蒼太郎を
心配し、見守る親になっているのでしょうか?

愛された以上に、家族と出会った人を
愛したいと思います。







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